エソグラムを家庭の観察ノートへ変える
時刻・場所・姿勢・対象・前後を記録し、普段との差を相談へつなげる一週間の観察法です。

導入会話
マロン学長「117項目を全部覚えなくても、家で役立てられる?」
いち教授「もちろんだよ。まず一つの気になる場面を、同じ項目で数日記録してみよう。辞書は必要な時に引けばいいんだ。」
この回でわかること
- 家庭の観察ノートに必要な5項目
- 普段との差を比べる方法
- 記録から相談へ切り替える境界
一場面を5項目へ分ける
観察ノートには、①時刻、②場所、③見えた姿勢・動作、④対象、⑤直前直後を書きます。
「夜、機嫌が悪かった」ではなく、「22時、ソファ。横向きで休んでいた。人が背中へ触れた後、尾先を4回動かし、顔を手へ向け、床へ降りた」とします。感情を断定しなくても、場面の変化が伝わります。
大切なのは珍しい一瞬を集めることより、同じ条件を同じ言葉で比べることです。
動画が撮れる時も、接写だけでなく猫の全身、対象との距離、前後数十秒を含めます。多頭飼いなら、映っていない猫がどこにいたかも分かる範囲で残します。
「いつも」を先に作る
変化を見つけるには普段の記録が必要です。一週間、朝・夕・夜の三つだけでも、休む場所、食事、排泄、遊び、人や猫への接近を短く書きます。毎分記録する必要はありません。
同じ姿勢が一度あったかではなく、以前と比べて現れる場面が変わったか、持続が長くなったか、行動の組み合わせが変わったかを見ます。たとえば「丸く寝る」だけでは判断せず、いつもの寝場所を避ける、移動が減る、食事や排泄も変わる、といった複数の情報を並べます。
本論文は各行動の正常回数や基準時間を示していません。他の猫やインターネットの目安より、その猫自身の普段との比較が出発点です。
一度に一つの条件だけ変える
生活の工夫を試すなら、何を変えたかも記録します。寝床、遊ぶ時刻、家族の接し方を同時に変えると、どれと行動が一緒に変わったか分かりません。安全に試せる範囲で一つずつにします。
ただし体調変化が疑われる時に、家庭の試行を優先しません。急に始まった、繰り返す、長く続く、食欲・排泄・活動・呼吸など複数の変化が重なる場合は、記録を持って獣医師へ相談します。嘔吐や唾液、排泄もエソグラムに載りますが、名前が分かることと原因が分かることは別です。
研究の次の段階
著者らは今後、行動の前後関係をマルコフ解析や遷移行列で定量化することを提案しました。現時点のカタログは、その分析に必要な共通語をそろえた段階です。
家庭の観察も同じで、最初から答えを出す必要はありません。正確な記録があれば、家族間で共有しやすく、専門家へ状況を説明する手がかりになります。
著者らは結論で、この目録が一般の飼育、行動学の研究、臨床での福祉評価の参照資料になること、将来の福祉尺度の開発や改善に役立つ可能性を挙げています。ただし本論文自体が示したのは観察の語彙と模式図であり、各行動の頻度、前後関係、原因、感情、診断の精度ではありません。家庭で使う時も、この線を越えないようにします。
この講座で決めないこと
- 行動名から読み取れる感情や体調
- 各行動の「正常な」回数や時間
- 頭突き・香箱・ヒゲ・鳴き声の意味の一覧
- 行動の変化の原因
これらは原著が観察語彙として整理した範囲の外にあります。
一週間の実践
- 気になる場面を一つ選ぶ
- 朝・夕・夜に同じ5項目で短く記録する
- 事実と推測を別欄にする
- 変えた環境条件があれば一つだけ書く
- 急な持続変化は記録を添えて相談する
まとめ会話
マロン学長「行動名を当てるゲームじゃなくて、ぼくの普段を丁寧に残す道具なんだね。」
いち教授「その通り。観察語彙は、決めつけを減らして相談を具体的にするために使おう。」
講座のまとめ
170匹・55.31時間の動画と文献・解剖学資料から作られた117行動・12分類のエソグラムは、猫の行動を同じ言葉で記録するための辞書です。感情や体調の答えではなく、状態と出来事、耳・尾・姿勢、対象と前後を分けて書くための道具として使い、急な変化は記録を添えて獣医師に相談します。
全5回はここまでです。気になる行動を一つだけ選び、今日の場面から記録を始めてみましょう。
参考文献
Kappel I, et al. (2024). Ethogram of the Domestic Cat. Pets, 1, 284–314. https://doi.org/10.3390/pets1030021