論文要約:ニャーとゴロゴロ、どちらが「その猫らしさ」を伝える?
Russo et al. (2025). Scientific Reports, 15, 43490

論文の概要
猫の声には、その猫だけの特徴がどれくらい入っているのでしょうか。
多くの動物の声には「個体らしさ」があり、仲間を見分ける手がかりになると考えられてきました。ただ、同じ動物でも声の種類によって、そこに入る個体情報の量が違う可能性があります。猫でこれを比べた研究は、これまでありませんでした。
Russoら(2025)は、猫の代表的な2つの声を取り上げました。人に向けて使われることが多いニャーと、体を震わせて出す低いゴロゴロです。研究者の当初の予想は、人とやりとりするために使われるニャーの方が、個体らしさを強く伝えるだろう、というものでした。
結果は、その逆でした。
研究デザイン
録音は2020年から2021年にかけて、ベルリンの12の家庭と2つのシェルターで行われました。対象は27匹の猫で、5つの品種と3つのミックスが含まれます。
集音マイクを猫の口から2〜20cmまで近づけ、1匹あたり1〜5日、1日1時間ずつ録音しました。ニャーは食事を待っている場面や人の関心を求める場面で、ゴロゴロは撫でている場面で録っています。
解析に使われたのは、ニャー276声(14匹分)とゴロゴロ557声(21匹分)です。それぞれの声から音の特徴を数値として取り出し、統計モデルで「この声はどの猫のものか」を当てられるかどうかを調べました。
さらに、ベルリンの動物音アーカイブから、5種の野生ネコのニャー185声も取り寄せています。ジャングルキャット、アフリカヤマネコ、ヨーロッパヤマネコ、クーガー、チーターです。
主な発見
1. 個体を言い当てやすかったのは、ゴロゴロだった
同じ8匹から、同じ本数の声をそろえて比べたところ、正しく本人と判定できた割合は、ニャーが約64%、ゴロゴロが約86%でした。当てずっぽうなら12.5%になる条件です。どちらも偶然を大きく上回りましたが、差ははっきりしていました。
情報量に直すと、ゴロゴロは約22匹分、ニャーは約6匹分を区別できる計算になります。
研究者は、この結果を「予想に反する」と書いています。人に向けて柔軟に使われるニャーの方が個体を伝えると考えていたためです。
2. 2つの声は、長さも高さもまったく違う
ニャーの長さは平均0.72秒(0.17〜2.21秒)、ゴロゴロは平均10.77秒(1.09〜39.82秒)でした。音の高さの中心はニャーが約1738Hz、ゴロゴロが約268Hzです。
短くて高いニャーと、長く低いゴロゴロ。作られ方も違います。ゴロゴロは口を閉じたまま、息を吐くときにも吸うときにも出る特殊な音です。
3. イエネコのニャーは、野生のネコよりばらついていた
6種のネコのニャーを比べると、87%が正しい種に分類されました。種ごとに、ニャーの形にはっきりした違いがあるということです。
そのうえで、同じ種の中でのばらつきを見ると、イエネコが最も大きい結果になりました。ヨーロッパヤマネコやアフリカヤマネコ、ジャングルキャットのニャーは、もっと形がそろっています。
研究者は、人と暮らすようになったことで、ニャーの形が自由に変わりやすくなったのではないかと述べています。
4. 「その猫らしさ」が強いことと、伝えるための仕組みは別
ここが、この論文でいちばん慎重に書かれている部分です。
ゴロゴロに個体らしさが強く出たからといって、猫が「自分が誰か」を伝えるためにゴロゴロを使っている、とは限りません。研究者は別の可能性を挙げています。
のどや声道の作りは、猫ごとに少しずつ違います。その違いがそのまま音に出れば、伝える目的がなくても個体差は生まれます。摘出した猫の喉頭へ空気を通す実験では、神経入力や能動的な筋収縮がなくても、ゴロゴロに近い周波数の音が生じました。この結果から、ゴロゴロには喉頭の形など体の作りが強く表れる可能性が考えられています。
しかもゴロゴロは小さな音で、近くにいる相手にしか届きません。その距離では、においや触れる感覚、見た目の方が主な手がかりになるはずです。
5. ニャーは「誰か」より「何をしてほしいか」に寄っている
反対にニャーは、場面や気持ち、それまでの経験によって形が変わります。変わりやすい分、毎回同じ形にはなりません。それが個体らしさの弱さにつながっている、という読み方です。
研究者は、ニャーの形が飼い主と猫のペアごとに特有である可能性にも触れています。何度もやりとりを重ねるうちに、その家だけで通じる形に少しずつ整えられていく、という考え方です。飼い主はすでに相手が誰か分かっているので、声で名乗る必要がありません。
この研究で断定できないこと
- 人が耳で聞き分けられるかを調べた研究ではありません。 統計モデルによる分類の結果です。
- ゴロゴロの個体差が、猫同士や猫と人のやりとりで実際に使われているかは確かめられていません。
- ニャーとゴロゴロは、録音した場面が違います(ニャーは食事待ちや関心を求める場面、ゴロゴロは撫でている場面)。場面の違いも結果に混ざります。
- 野生ネコの録音はアーカイブ由来で、数が少なく不均等です(アフリカヤマネコは3個体6声、クーガーは3個体13声、チーターは3個体22声)。
- 対象はドイツの27匹で、品種・性別・年齢が結果に与える影響は検証されていません。
- 家畜化による変化は、現在の6種を比べた推測です。時間をさかのぼって確かめた研究ではありません。
数字で見るポイント
- 27匹(12家庭・2シェルター): 2020〜2021年にベルリンで録音した対象
- ニャー276声(14匹)/ゴロゴロ557声(21匹): 解析に使った声の数
- 約64%/約86%: 同じ8匹・同数でそろえた比較で正しく本人と判定できた割合(偶然なら12.5%)
- 情報量: ゴロゴロは約22匹分、ニャーは約6匹分を区別できる計算
- 87%: 6種のネコのニャーを正しい種に分類できた割合
暮らしへのヒント
この研究を、猫の声を「読み解く」技術として使うことはできません。分かるのは、猫の声の作られ方が、種類によってずいぶん違うということです。
そのうえで持ち帰れることが2つあります。
ひとつは、よその猫と鳴き方が違うというだけでは、異常とはいえないという点です。イエネコのニャーは野生のネコより形がばらついており、しかも飼い主とのやりとりの中で形づくられる可能性が論じられています。その家で育った形かもしれません。ただし、この研究は鳴き方と病気の関係を調べたものではありません。
もうひとつは、ゴロゴロを「安心のサイン」と単純に読まないことです。この研究はゴロゴロの意味を調べたものではありませんが、体の作りが音に強く表れる可能性があるという指摘は、音そのものから気持ちを読むことの難しさを示しています。
鳴き方が急に変わった、鳴く回数が急に増えた、といった変化が続く場合は、声の意味を考えるより先に、体調の変化として獣医師へ相談してください。
よくある質問
Q. この研究はどこで発表されましたか?
2025年に国際誌 Scientific Reports で発表されました。Danilo Russoらによる論文で、DOIは10.1038/s41598-025-31536-7です。
Q. どうやって声を集めたのですか?
2020〜2021年にベルリンの12家庭と2つのシェルターで、27匹の猫の声を専用のマイクで録音しました。ニャーは食事を待つ場面や人の関心を求める場面、ゴロゴロは撫でている場面で録っています。
Q. 要旨と結果セクションで数字が違うのはなぜですか?
要旨はニャー63.2%・ゴロゴロ84.6%としていますが、結果セクションは全データで65.2%・76.1%、同じ8匹にそろえた比較で64.4%・85.5%と記載しています。この要約では、同じ条件で比べられる8匹そろえた数値を優先しています。
Q. ゴロゴロの個体差は、猫が伝えるために使っているのですか?
そこまでは分かりません。研究者は、のどや声道の作りの違いがそのまま音に出ているだけで、伝える目的のない特徴として残っている可能性を挙げています。
ニャーとゴロゴロ、どちらが「その猫らしさ」を伝える?
ベルリンの家庭とシェルターで録音した猫の声を音響解析し、ニャーとゴロゴロのどちらに個体らしさが強く入っているかを比べた研究をもとに、予想に反した結果、野生ネコとの違い、声から気持ちを読むことの難しさを全5回で整理します。