論文要約:猫は同居猫の名前と顔を結びつける?——2つの音声・写真実験
Takagi et al. (2022). Scientific Reports

論文の概要
Takagiらの2022年の研究は、猫がよく知る名前を聞いた直後に、対応する顔または別の顔を見せる実験です。家庭猫は同居猫の名前と顔が食い違う時に画面を長く見ました。
ただし、猫カフェでは同じ差が確認されず、人の家族についても全体の一致・不一致差はありません。猫が人間のように名前の意味を理解した研究ではなく、名前の音と顔の対応を予測した可能性を示す研究です。
研究デザイン
人は名前を聞くと、目の前にいない相手の姿を思い浮かべられます。猫も日常生活の中で、人が発する名前と特定の相手を結びつけているのでしょうか。研究チームは2つの実験を行いました。自分の名前への反応を調べたものではなく、名前を聞いた後に別の個体の顔が出ると見方が変わるかを調べています。
実験1(同居猫の名前と顔): 飼い主が普段通り呼んだ2匹の同居猫の名前を録音。対象猫は名前を2.5秒間隔で4回聞き、直後に1匹の正面顔写真を7秒間見ました。名前と顔が同じ「一致条件」、別の猫の「不一致条件」を設定。顔が表示された間、対象猫が画面へ顔を向ける、または画面を嗅ぐ時間を動画から測定しました。聞いた名前から特定の顔を予測していれば不一致の顔を長く見ると考える「期待違反課題」です。長く見ることは食い違いへの注意を示しますが、驚きという感情を直接測ったわけではありません。
実験2(人の家族の名前と顔): 2〜5人と暮らす家庭猫へ、人の家族の名前と顔を同じ方法で提示。音声は飼い主ではない人が録音し、「お母さん」など家庭で日常的に使う呼び名を用いました。
主な発見
1. 家庭猫では不一致時の注視が長かったが、猫カフェでは差がなかった
家庭猫は、同居猫の名前と顔が不一致の時、一致時より画面を長く見ました(p=0.045)。猫カフェの猫では、一致・不一致の差は確認されませんでした(p=0.110)。条件と生活環境の交互作用は有意でした(p=0.009)。
著者らは、家庭猫が名前を聞いた時に対応する同居猫の顔を予測した可能性があると考えました。明示的に名前と顔を教える訓練は行っていません。一方、猫カフェの結果から「猫カフェ猫は名前を覚えない」とは言えません。多くの猫と暮らすことで個別の名前を聞く機会が分散する可能性のほか、年齢や環境も異なり、原因を分けて調べた研究ではありません。
2. 人の家族では全体差がなく、家族人数・同居期間との交互作用だった
一致・不一致だけを比べた主効果はありませんでした(p=0.797)。一方、家族人数が多く、同居期間が長い猫で不一致を長く見る傾向を示す交互作用が報告されました(p=0.048、3要因交互作用p=0.047)。
この結果は、すべての猫が人の名前と顔を結びつけたことを示しません。さらに同居期間と猫の年齢は強く相関していました(r=0.89)。経験期間の影響と年齢の影響を分けられません。
3. 有効試行数は猫ごとに異なる
顔の表示中に画面へ注意を向けなかった試行は解析から除かれました。実験1は猫カフェ67試行・家庭53試行を解析し69試行を除外、実験2は59試行を解析し42試行を除外しています。各猫4試行の計画でしたが、有効試行数は猫ごとに異なり、画面課題へ参加しなかった反応そのものはこの結果では評価されていません。
4. 原著内の記述不一致と訂正
実験1は48匹と記載され、猫カフェ29匹+家庭19匹の群別合計も48匹です。しかし全体の性別は「雄28、雌19」と記載され、47匹にしかなりません。群別内訳は雄28、雌20です。原著内のこの1匹分の不一致は推測で訂正しません。
なお2023年の著者訂正は、図1で一致条件を示す矢印が1本欠けていた点の修正であり、結果や数値の変更ではありません。現在の公式PDFには修正後の図が入っています。
この研究で断定できないこと
- 猫が名前を人間と同じ意味体系で理解すること
- 呼ばれた猫が必ず来る、返事をすること
- 猫カフェ猫には名前学習能力がないこと
- 仲のよい猫ほど名前をよく覚えること
- 家族が多ければ必ず人の名前を覚えること
- 長く暮らせば覚えること(同居期間の効果は年齢と分離できていない)
- 家庭で同じ手順を試せば理解を判定できること
家庭猫と猫カフェ猫では年齢、同居頭数、名前への接触機会が異なります。同居猫との親しさや社会関係は測っていません。実験1は飼い主の声、実験2は知らない人の声という違いもあり、画面へ注意しない試行の除外も多く、注視時間だけから特定の感情は分かりません。
数字で見るポイント
- 48匹(猫カフェ29・家庭19): 実験1の対象。全体性別「雄28・雌19」は47匹にしかならず、群別内訳(雄28・雌20)と1匹分不一致
- 67/53/69: 実験1の有効試行(猫カフェ/家庭)と除外試行数
- p=0.045/p=0.110: 不一致時の注視が有意だった家庭猫/有意でなかった猫カフェ
- p=0.009: 条件×生活環境の交互作用
- 26匹: 実験2の対象(家族2〜5人、同居6〜180か月)
- 59/42: 実験2の有効試行数/除外試行数
- p=0.797: 実験2の条件の主効果(有意差なし)
- p=0.048/p=0.047: 条件×家族人数の交互作用/条件×家族人数×同居期間の3要因交互作用
- r=0.89: 同居期間と猫の年齢の相関(強く相関するため両者の影響を分離できない)
暮らしへのヒント
名前を呼んだ時に耳だけ動かす、視線を向ける、別の猫を見る、近づくなど、反応の形はさまざまです。一度振り向かなかっただけで「聞こえない」「覚えていない」と決められません。
家庭で写真を見せたり、何度も名前を呼んだりして理解度を試す必要はありません。名前への反応を採点せず、普段の呼びかけの前後で何が起きたかを静かに観察するのが安全な持ち帰りです。
よくある質問
Q. 猫は同居猫の名前を理解したのですか?
家庭猫では名前と顔が不一致の時に注視が長くなりました。人と同じ意味理解や、全ての猫での理解まで示した結果ではありません。
Q. 猫カフェの猫は名前を覚えられないのですか?
猫カフェ29匹では同じ注視差が出ませんでしたが、1施設の結果です。環境が原因とも、能力が低いとも決められません。
Q. 人の家族の名前と顔も結びつけましたか?
家庭猫26匹の実験では一致・不一致の主効果はありません。家族人数や同居期間との交互作用は探索的に読みます。
Q. 自分の名前を聞き分ける研究と同じですか?
別です。猫が自分の名前の音列を聞き分けるかは、別の研究で調べられています。この研究は他個体の名前音声と顔写真の対応です。
参考文献
Takagi S, et al. Cats learn the names of their friend cats in their daily lives. Scientific Reports. 2022;12:6155. https://doi.org/10.1038/s41598-022-10261-5
猫は同居猫の名前と顔を結びつける?——2つの音声・写真実験
名前を聞いた後に一致・不一致の顔写真を見せた2実験から、猫の注視時間、生活環境、家族人数との関係を全5回で読みます。