論文要約:猫は匂いで飼い主を覚える?嗅覚研究を読む
Miyairi et al. (2025). PLOS ONE, 2025年5月28日

論文の概要
この論文は、飼い猫が人の匂いを手がかりに、飼い主と見知らぬ人を区別している可能性を調べた研究です。30匹の猫に、飼い主の匂い、見知らぬ人の匂い、無臭の対照を同時に提示し、どれをどのくらい嗅ぐか、左右どちらの鼻孔を使うか、嗅いだあとに顔をこすりつけるかを観察しています。
結果として、猫は飼い主の匂いよりも見知らぬ人の匂いを長く嗅ぎました。さらに、見知らぬ匂いに対する鼻孔の使い分けや、嗅いだあとの顔こすり、オス猫の性格特性と嗅ぎ方の関連も報告されています。
ネコフリークスではこの論文を、「猫は匂いだけで飼い主を完全に特定できる」と断定する研究ではなく、猫にとって人の匂いが大事な情報になりうることを示す基礎研究として扱います。通院、来客、引っ越し、多頭飼育、飼い主の服や寝具への反応を考えるときの土台になります。
主要メッセージ
- 猫は見知らぬ人の匂いを、飼い主の匂いより長く嗅ぐ傾向を示した
- 匂いだけで「既知の人」と「未知の人」を区別している可能性がある
- 見知らぬ匂いへの反応では、鼻孔の使い分けが観察された
- 嗅いだあとの顔こすりは、匂い探索とマーキング行動のつながりを考える手がかりになる
- 性格特性との関連は報告されたが、特にオス猫での結果として慎重に読む必要がある
研究デザイン
対象は家庭で暮らす猫30匹です。内訳はオス11匹、メス19匹、平均年齢は6.97歳でした。匂いを提供した人は、飼い主17名と、猫と接触していない見知らぬ人8名です。
実験では、飼い主の匂い、同性の見知らぬ人の匂い、無臭の対照を、それぞれ1.5mlチューブに入れて提示しました。匂いは、耳の後ろ、脇の下、足指の間を綿棒でこすって採取されています。採取前には、強い匂いの食品、香水、入浴、激しい運動などを避けるよう条件がそろえられました。
猫には3本のチューブが同時に提示され、位置は試行ごとに入れ替えられました。各猫につき3回の試行を行い、嗅いだ時間、左右の鼻孔の使い方、顔こすりなどを動画で記録しています。
また、飼い主は猫の性格を測るFeline Five(神経質性、外向性、支配性、衝動性、協調性)と、猫と飼い主の関係性を測るCORS(Cat-Owner Relationship Scale)にも回答しています。
主な発見
猫は、見知らぬ人の匂いを飼い主の匂いや無臭対照より長く嗅ぎました。この結果は、猫が人の匂いから「知っている人か、知らない人か」を区別している可能性を示しています。
見知らぬ人の匂いに対しては、初期の反応で右鼻孔を使う傾向が見られ、その後の探索では左鼻孔へ移る傾向も報告されています。著者らは、他の動物で見られる新奇な匂いへの反応と関連する可能性を述べていますが、猫での意味づけはまだ慎重に読む必要があります。
匂いの位置によって、左右どちらの鼻孔を使うかにも差が見られました。さらに、外側のチューブを嗅いだあと、使った鼻孔と同じ側の顔をこすりつける行動も観察されています。この結果から、嗅ぐことと顔こすりが一連の行動としてつながっている可能性が示唆されています。
性格特性との関連では、嗅ぐ時間そのものと性格に明確な関連は見られませんでした。一方で、同じ匂いを繰り返し嗅ぐ回数や、最初にどの匂いを嗅ぐかは、性格スコアと関連する可能性が報告されています。ただし、性格との関連は主にオス猫で目立った結果として扱うのが安全です。
この研究で断定できないこと
この研究だけで、猫が匂いだけで「飼い主個人」を完全に特定できるとまでは言えません。示されたのは、飼い主の匂いと見知らぬ人の匂いに対して、猫の反応が違ったということです。
また、匂いを長く嗅いだことは、新しい情報を調べている可能性を示しますが、それが好意、警戒、不安、興味のどれに近いかを単独で決めることはできません。猫の姿勢、距離、逃げ道、表情、しっぽ、耳、環境の変化と合わせて読む必要があります。
顔こすりについても、匂いへのマーキング行動と関連する可能性はありますが、実験では飼い主がチューブを提示しています。そのため、猫が匂いに反応したのか、飼い主や提示状況に反応したのかを完全に切り分けることはできません。
数値で見るポイント
| 項目 | 数値・条件 | 読み方 |
|---|---|---|
| 対象猫 | 30匹 | 家庭で暮らす飼い猫 |
| 性別 | オス11匹 / メス19匹 | 性格関連の結果は性別差に注意 |
| 平均年齢 | 6.97歳 | 成猫中心のサンプル |
| 飼い主 | 17名 | 既知の匂い提供者 |
| 見知らぬ人 | 8名 | 猫と接触のない匂い提供者 |
| 試行回数 | 各猫3回 | 匂いの位置は入れ替え |
| 匂い条件 | 平均嗅ぎ時間 |
|---|---|
| 見知らぬ人の匂い | 4.82 ± 0.54秒 |
| 飼い主の匂い | 2.40 ± 0.28秒 |
| 無臭対照 | 1.93 ± 0.21秒 |
見知らぬ人の匂いは、飼い主の匂いや無臭対照より有意に(偶然とは思えない明確な差で)長く嗅がれました(p < 0.01 ※差が偶然起きる確率が1%未満であることを示す統計指標)。ただし、この差は「知らない匂いを長く確認した」と読むのが自然で、「好き嫌い」や「飼い主を名前として識別した」とまでは言えません。
| 関連して見られた行動 | 結果の読み方 |
|---|---|
| 初期の鼻孔使用 | 見知らぬ匂いで右鼻孔使用が目立つ傾向 |
| 継続的な探索 | 左鼻孔へ移る傾向 |
| 外側チューブ後の顔こすり | 嗅いだ側と顔こすりの側に関連が見られた |
| CORSとの関連 | 飼い主との関係尺度とは明確な関連なし |
暮らしへのヒント
- 匂いは猫にとって重要な情報: 来客、帰宅、通院後、引っ越し後の反応は、見た目や音だけでなく匂いの変化も関係しているかもしれません。
- 知らない匂いには確認時間を残す: 新しい人や物をいきなり近づけず、猫が自分のペースで嗅げる距離を作ります。
- 安心できる匂いを急に消さない: 寝具やいつもの布を一気に洗い替えしすぎると、猫にとって環境情報が大きく変わることがあります。
- 通院や移動では普段の匂いを使う: キャリーや敷物に、いつもの匂いが残る布を入れると、環境変化の負担を減らす手がかりになります。
- 顔こすりは匂いの流れで見る: 甘えだけでなく、匂いを確認したあとに自分の匂いを重ねる行動として見ると、日常の観察がしやすくなります。
猫の嗅覚認識研究——飼い主の匂いの見分け方
猫が飼い主と見知らぬ人の匂いを嗅ぎ分ける可能性を調べた研究を、全5回でやさしく解説します。嗅覚認識の基本、鼻孔の使い分け、性格による反応差、暮らしで活かせる匂いの工夫まで学び、猫が人をどう覚えているかを見直せます。