論文要約:「夜は室内で」がなかなか実行できないのはなぜ?飼い主2005人調査
Kaine et al. (2024). Conservation, 4(3), 505-532

論文の概要
Kaine, Wright & Turk(2024)は、ニュージーランドで2005人(うち約45%が女性)を対象に行った全国オンライン調査をもとに、猫の飼い主が夜間に猫を室内へ入れるかどうかという行動を、心理学・マーケティング理論の視点から分析した研究です。
この研究の出発点は、「飼い猫は野生動物に一定の影響を与えている」という研究の積み重ねと、「多くの飼い主は、夜間の室内飼育が猫の福祉のためになると考えつつも、実際に行っているのは一部にとどまる」という既存の調査結果です。著者らは、この「わかっていても実行されない」ギャップを説明するために、「involvement(インボルブメント、あるテーマへの関心・動機づけの強さ)」という概念と、「接近ー回避葛藤(approach-avoidance conflict)」という理論を使いました。
分析の結果、飼い主が野生動物保護への関心を強く持つほど、むしろ夜間の室内飼育の頻度が下がるという、直感に反する関係が見つかりました。これは、猫の福祉を思う気持ちと野生動物を思う気持ちが、飼い主の中で綱引きのような内的葛藤を生み、結果として「毎晩ちゃんと実行する」という行動にはつながりにくくなるためだと考察されています。
この研究は、飼い主の行動を「正しい・間違っている」と評価するものではありません。むしろ、なぜ良かれと思う知識や気持ちだけでは行動が変わりにくいのかを説明し、より実効性のある働きかけの方向性を考えるための研究です。
論文の位置づけ
この論文は、「猫は外に出すべきか、室内で飼うべきか」という二択に単純な答えを出す研究ではありません。すでに多くの研究が、屋外に出る猫が野生動物に一定の影響を与えることや、夜間の室内飼育がその対策の一つになりうることを報告しています。
この研究が扱っているのはその先、「では、なぜ多くの飼い主は、夜間の室内飼育が良いとわかっていても、実行が続かないのか」という問いです。著者らは、猫の福祉と野生動物保護という、どちらも大切な2つの目標が、飼い主の中で矛盾する形で存在しうることに注目しました。
ネコフリークスでは、猫を飼うすべての人に向けて、「なぜ自分は分かっているのにできないのか」を責めるためではなく、実行を後押しする環境づくりのヒントとして扱います。また、Kaine et al.以外にも、屋外アクセスや捕食歴と飼い主の判断との関係を扱った研究(Chung et al., 2024など)が別途報告されていることにも軽く触れます。
研究デザイン
対象は、ニュージーランド全国の消費者パネルから地域人口比に応じてランダムに抽出された2005人(2023年4月第1週から約4週間実施のオンライン調査)です。回答者の年齢層はやや高齢寄りで、学士号以上の学歴を持つ人の割合は人口全体より高く、ニュージーランド系ヨーロッパ人がやや多く、世帯収入がNZD 50,000を超える世帯がやや多いというサンプルの偏りがあったことも報告されています。
質問票では、①猫の福祉向上・②野生の鳥や野生動物の保護・③夜間の室内飼育という3つのテーマへの「インボルブメント(関心・動機づけの強さ)」を、それぞれ10の文(重要性、情熱、報われる感覚、自己同一性との関わり、決断の難しさなど)で測定しました。また、夜間の室内飼育・首輪への警告装置の装着・公園や保護区への忌避策の使用という3つの対策への「態度(賛成・反対の度合い)」も測定しています。
さらに、「猫は野生動物への危険だと思うか」「室内飼育は不自然で猫に有害だと思うか」「警告装置や忌避策は効果があると思うか」といった18の信念に関する質問も行い、これらを統計的にまとめる因子分析も実施しました。回答者が実際に猫を飼っているか、夜間に室内へ入れているか、首輪をつけているかも合わせて質問しています。
主な発見
1. 猫の飼い主は、非飼い主とは異なる信念を持つ傾向がある
猫を飼っている人は、飼っていない人より、「夜間の室内飼育や首輪の装着は不自然で猫に有害だ」と考えやすく、「捕食を防ぐ装置は効果がない」と考えやすい傾向がありました。一方で、「猫は野生動物への危険だ」「猫は健康リスクだ」とは考えにくい傾向も見られました。
これは、飼い主が野生動物への影響を軽視しているというより、日々猫と暮らす中で「室内に閉じ込めることのつらさ」の方をより具体的に実感しやすいためだと考えられます。
2. 猫の福祉と野生動物保護、両方への強い関心が、実行の壁を生むことがある
研究の中心的な発見は、猫の福祉や野生動物保護への関心(インボルブメント)の強さが、夜間の室内飼育の頻度に影響するものの、その関係は単純な「関心が強いほど実行率も上がる」というものではなかった点です。
意外なことに、野生動物保護への関心が強い飼い主ほど、かえって夜間の室内飼育の頻度が下がる傾向が見られました。著者らは、これを「猫の福祉を守りたい気持ち」と「野生動物を守りたい気持ち」が、飼い主の中で綱引きのような内的葛藤(接近ー回避葛藤)を生んでいるためだと説明しています。両方への関心が強いほど、この葛藤も強くなり、結果として「毎晩必ず実行する」という一貫した行動にはつながりにくくなるということです。
3. 「思っているより害が大きい」という説得だけでは、効果は限定的
この研究のもう一つの重要な示唆は、「あなたの猫は思っているより野生動物に害を与えている」と伝える広報活動が、期待するほどの効果を持ちにくいという点です。
こうした働きかけは、野生動物保護という目標をより身近に感じさせる効果はあるものの、「室内飼育は猫にとって不自然で辛い」というもう一方の信念には対処しません。そのため、根本的な内的葛藤は解消されず、飼い主は少しずつ室内飼育に近づくかもしれないものの、多くは実行が続かない、あるいは「どうせ無理だ」と諦めてしまう可能性も指摘されています。
4. 実行を後押しするのは、説得よりも「やりやすさ」
研究では、夜間の室内飼育を実行しやすくする要因として、猫にやさしく、安価で、扱いやすいグッズや設備(キャットエンクロージャーや猫用の外飼育スペースなど)の存在が重要だと指摘されています。また、公園や保護区への侵入を防ぐ「エリア忌避策」は、猫の福祉を脅かさない対策として、飼い主に比較的好意的に受け止められる可能性があることも報告されています。
首輪に警告装置(鈴やカラフルなビブなど)をつけるかどうかは、猫の福祉や野生動物保護への関心よりも、首輪そのものへの態度(有効だと思うか、猫の負担にならないと思うか)に強く左右されることもわかりました。
この研究で断定できないこと
この研究はニュージーランドの2005人を対象にしたオンライン調査であり、サンプルは学歴や年齢層、民族構成の面で実際の人口構成とはやや偏りがあったことが報告されています。日本の飼い主にそのまま当てはまるとは限りません。
また、この研究はアンケートによる自己申告データに基づいており、実際の室内飼育の頻度や猫の行動を直接観察したものではありません。回答者自身の認識と実際の行動には差がある可能性もあります。
さらに、著者ら自身も、室内飼育の決定が家族全体の共同判断である場合、この研究で扱った「個人の内的葛藤」というモデルだけでは説明しきれない部分があると述べています。
なお、屋外アクセスや捕食歴と飼い主の判断との関係については、Kaine et al. とは別に、Chung et al.(2024, Applied Animal Behaviour Science)など他の研究でも報告されています。本講座はKaine et al.を主軸として扱っており、そうした他の研究の詳細な内容までは扱いません。
数値で見るポイント
- 対象は2005人(うち約45%が女性)、2023年4月から約4週間のニュージーランド全国オンライン調査
- 信念に関する18の質問を因子分析した結果、5つの因子でデータのばらつきの60%を説明
- 猫の飼い主は非飼い主より「室内飼育・首輪は不自然で有害」「捕食防止装置は無効」と考えやすい
- 野生動物保護への関心(インボルブメント)が強いほど、夜間の室内飼育の頻度が下がるという意外な関係が見られた
- 首輪装着の頻度に影響したのは、首輪そのものへの態度のみ(猫福祉・野生動物保護への関心は影響せず)
- 年齢・性別・民族性・収入・世帯構成と各変数との関連は統計的には有意だが、非常に弱いものだった
暮らしへのヒント
「野生動物のために夜は猫を室内に」という情報を知っても、実行が続かないとしたら、それは意志の弱さではなく、猫を大切に思う気持ちと野生動物を大切に思う気持ちがぶつかり合っているサインかもしれません。この研究は、そうした葛藤自体が自然なものであることを教えてくれます。
実行を後押しするには、「もっと危機感を持たせる」ことよりも、「やりやすくする」ことの方が効果的である可能性があります。キャットエンクロージャーや外を眺められる安全なスペースなど、猫にとっても無理のない形で室内時間を作れる工夫があると、迷いや先延ばしが減りやすくなります。
また、公園や保護区に猫を近づけないための忌避策のように、猫の自由を大きく制限せずに野生動物への影響を減らせる選択肢を知っておくことも、一つの現実的な落としどころになります。
この研究はニュージーランドでの調査であり、日本の住環境や地域の生態系とはそのまま重ならない部分もあります。ここで紹介した内容は「正解」ではなく、自分と猫、そして周囲の自然との折り合いをつけるための一つの視点として受け止めてください。
「わかっているのに、できない」——飼い主の心を読む研究
ニュージーランドの飼い主・非飼い主2005人を対象にした全国調査から、猫の福祉と野生動物保護、両方を大切に思う気持ちが、夜間の室内飼育の実行にどう影響するかを全5回で読みます。頭でわかっていても行動に移せない仕組みと、実行を後押しするヒントまで整理します。