論文要約:猫の「性格」はどう研究されてきた?43本のレビュー
Travnik et al. (2020). Animals, 10(9), 1516

論文の概要
Travnik et al.(2020)は、1986年から2020年に発表された43本の原著研究をもとに、猫の「気質(temperament)」または「性格(personality)」と呼ばれる、個体ごとに安定した行動の違いについてまとめたレビュー論文です。
かつては「動物に性格がある」という考え方自体が議論の的でしたが、近年は広く受け入れられています。この論文は、①気質が遺伝や発達、体の仕組みからどう形づくられるか、②研究者が気質をどうやって測定してきたか、③気質が飼い主との関係や猫の福祉、さらには野生動物への影響にどう関わるか、という3つの柱で研究を整理しています。
この論文は、特定の猫の性格を診断するテストではありません。あくまで、これまでの研究の蓄積を俯瞰し、「個体差」というものを科学的にどう捉えるかを示すレビューです。
論文の位置づけ
この論文は、「うちの猫はどんな性格か」を判定するチェックリストではありません。研究の世界で、猫の性格・気質がどのように定義され、測定され、何に影響するかを整理した学術的な見取り図です。
特に注目したいのは、性格の違いが「なんとなく飼い主が感じるもの」ではなく、遺伝・幼少期の経験・体の仕組みという裏付けを持つ、研究対象として扱われてきたという点です。また、猫の性格が野生動物への影響(行動圏の広さや捕食の個体差)にもつながるという指摘は、「わかっているのに、できない」——飼い主の心を読む研究とも関連する視点です。
ネコフリークスでは、この論文を「うちの猫らしさ」を否定せず理解するための材料として、また、性格に合わせた環境づくりや、飼い主との相性を考えるヒントとして扱います。
研究デザイン
この論文は、実験や調査を新たに行った原著研究ではなく、既存研究をまとめた文献レビューです。PsychInfo・CAB Abstracts・Web of Scienceという学術データベースで「cat」と「temperament」「personality」というキーワードを組み合わせて検索し、査読付き学術誌に掲載された英語の原著論文のみを対象にしました(学位論文、抄録、書籍の章、他のレビュー論文は除外)。
最終的に43本の原著研究が対象となりました。1986年から2013年までに17本、2015年の別レビューまでに24本、そして本論文の2020年時点で43本と、猫の気質研究は年々増加していることが示されています。
主な発見
1. 気質には遺伝的な土台がある
猫の気質には、父猫からの遺伝的な影響(父性効果)があることが示されています。人懐こい父猫の子は、人や新しい物に対して速く、長く近づく傾向がありました。
ラグドール・メインクーン・ターキッシュバンという3品種を対象にした研究では、気質特性(活動レベル、対人接触、攻撃性、内気さなど)の遺伝率は中程度(0.40〜0.53)でした。また、品種によって攻撃性・外向性・活動性の傾向に違いがあることも報告されています。ただし、これは「品種で性格が完全に決まる」という意味ではなく、あくまで傾向の違いです。
2. 幼少期の経験が、その後の人懐こさに影響する
生後2〜12週という「感受期」に人との関わりを経験した子猫は、家族にも見知らぬ人にも人懐こくなる傾向があることがわかっています。生後8週までの前向きな関わりが、生後4か月時点の「大胆さ」に影響し、気質そのものは生後4か月から2歳頃まで比較的安定するとされています。
一方で、こうした幼少期の効果が成猫になってからの気質をどこまで正確に予測できるかは、まだ十分に検証されていません。
3. 「Feline Five」など、複数の性格測定の枠組みがある
猫の気質研究では、43本の研究全体で49もの異なる次元名が使われてきました。中でも代表的なのが「Feline Five」という枠組みで、人間の性格研究でよく使われる「ビッグファイブ」にならい、協調性・支配性・外向性・衝動性・神経症傾向という5つの次元で猫の性格を捉えます。
そのほか、シェルター猫の譲渡支援のために開発された「Meet Your Match® Feline-ality™」という検査プロトコルなど、目的に応じた様々な測定方法が紹介されています。測定方法は大きく「コーディング法(行動を定量的に記録する方法、平均サンプルサイズ約40)」と「レーティング法(形容詞などで評定する方法、平均サンプルサイズ約689)」に分かれ、それぞれ長所と短所があります。
4. 気質は、飼い主との相性・譲渡・福祉に関わる
飼い主の性格と猫の気質の相性は、飼育満足度に関わることが報告されています。例えば、神経症傾向が高い飼い主は、攻撃的・不安が強い気質の猫を飼っている傾向が報告されています(ただし、これは環境の影響だけでなく、飼い主自身の評価の偏りも関係している可能性があります)。
英国のある調査では、猫の譲渡(手放し)の理由の38%が行動上の理由で、その44%が攻撃性に関するものでした。また、恐怖心や不安が強い気質の猫には、隠れ場所や垂直方向のスペースといった環境エンリッチメントが特に重要であることも指摘されています。
5. 気質は、猫が野生動物に与える影響にも関わりうる
大胆・攻撃的・支配的な気質の猫は、内気な猫より行動圏(ホームレンジ)が広い傾向があるとされ、野生動物への潜在的な影響も、この行動圏の広さに比例する可能性が指摘されています。この論文では、こうした個体差を踏まえることで、「猫にやさしい」野生動物保護の戦略を考えるヒントになりうるとしています。
この研究で断定できないこと
この論文は文献レビューであり、新しい実験や調査を行ったものではありません。紹介されている個々の研究は、対象となった猫の品種や地域、研究手法によって結果が異なる場合があり、すべての猫に一律に当てはまるとは限りません。
また、毛色と気質の関連については、研究間で一致しない結果が報告されており、飼い主の思い込み(毛色から性格を推測してしまうバイアス)の影響も指摘されています。「オレンジ猫は気が強い」「黒猫はよそよそしい」といった一般化には、慎重である必要があります。
さらに、猫の気質がどのように進化してきたかという、より根本的な問い(なぜ猫にこうした個体差があるのか)については、まだほとんど研究が進んでいないことも述べられています。
数値で見るポイント
- レビュー対象は1986年から2020年の43本の原著研究
- 気質測定はレーティング法53.49%、コーディング法39.53%、両方併用6.98%
- レーティング法の平均サンプルサイズは688.65(範囲8〜5726)、コーディング法は40.35(範囲12〜139)
- ラグドール・メインクーン・ターキッシュバンの気質特性の遺伝率は0.40〜0.53
- 英国の調査で、猫の譲渡理由の38%が行動上の理由、うち44%が攻撃性関連
- 「くつろいでいない」気質の猫は、不適切な排泄を示す確率が3倍高いという報告
暮らしへのヒント
猫の性格の違いは、気まぐれや飼い主の育て方の失敗ではなく、遺伝や幼少期の経験、体の仕組みに根ざした、研究の裏付けがある個体差です。「うちの子は臆病だから」「人懐こくないから」と悩みすぎず、その子らしさとして受け止める視点が持てそうです。
恐怖心や不安が強い猫には、隠れ場所や高い場所など、自分で距離を選べる環境を用意することが、その子の福祉にとって特に大切になります。逆に、大胆で活発な猫には、探索や遊びの機会を十分に用意することが助けになるかもしれません。
また、飼い主自身の性格や関わり方が、猫の気質の表れ方に影響しうるという指摘もあります。猫との相性に悩んだときは、「どちらが悪い」ではなく、その猫の気質に合った環境や関わり方を見つける視点を持つと、暮らしやすさにつながりやすくなります。
この論文は文献レビューであり、特定の性格診断テストではありません。ここで紹介した内容は、猫の個体差を理解するための一つの視点として活用してください。
猫の「その子らしさ」は、どこから来る?——気質研究を読む
1986年から2020年に発表された43本の研究をもとに、猫の気質(性格)が遺伝・発達・環境からどう形づくられ、どう測定され、飼い主との関係や福祉にどう影響するかを全5回で読みます。