結果より先に装置を見る——未査読原稿の不一致と限界
要旨と結果で逆になる近接方向、21匹と雌雄22匹、成立しない相関係数−3.09を確認します。未査読プレプリントを推測で訂正せず、研究の届く範囲を守る方法を学びます。

導入会話
マロン学長「原著に数字の不一致があったら、たぶんこうだろうと直して紹介してもいい?」
いち教授「推測はできても、確認できないものを事実として直してはいけないよ。不一致のまま読者へ示そう。」
マロン学長「未査読プレプリントであることも関係するね。」
この回でわかること
- 原著内に残る三つ以上の重要な不一致
- 未査読プレプリントの位置づけ
- 不確かな数値を家庭向け結論へ広げない方法
要旨と結果で方向が逆
要旨は、飼い主の近くにいた割合について「解ける透明条件で長かった」と記載しています。
結果本文と図3では逆です。解ける不透明条件が最も高く、解ける透明条件が最も低くなっています。考察も、解ける透明条件では飼い主の近くにいる割合が低いと述べています。
図と結果本文がそろっているため、講座ではそちらを主に紹介しました。ただし、要旨が誤りだと独自に確定したわけではありません。確認できるのは「記述が一致しない」という事実までです。
21匹なのに雌雄は22匹
参加の流れは、動画提出23匹から2匹を除き、解析対象21匹です。多頭飼育14匹と単独飼育7匹、完全室内11匹と屋内外10匹も、それぞれ21匹になります。
ところが雌10匹、雄12匹は合計22匹です。どちらかの内訳が誤記かもしれませんが、正しい数字は原稿から分かりません。
講座では全体数21匹を使い、雌雄内訳は不一致として注記しました。性別による分析は報告されていないため、結果解釈の中心には置きません。
相関係数−3.09は成立しない
年齢と装置への接触について、原著はPearsonのr(82)=−3.09、p=.002と記載しています。
相関係数rは−1から1の間なので、−3.09にはなりません。小数点や統計量の種類に誤りがある可能性がありますが、正しい値は確定できません。
著者は高齢ほど接触時間が短い方向を説明しています。それでも正確な強さを示せないため、「高齢猫は装置へ触れなくなる」と一般化しません。
年齢と装置を見る割合はr=−.20、p=.064で有意ではありません。考察では高齢猫ほど短かったと結果のように述べており、ここにも表現のずれがあります。
解けないという条件名も点検する
磁石で固定した透明カップを4匹が45秒以内に倒しました。網状カップを倒した猫もいました。
研究上の名前は解決不能課題でも、物理的には一部の猫が解決しています。この状況で「解けないと理解した猫が人へ助けを求めた」と解釈すると、前提が崩れます。
装置の固定強度、猫の力、触り方を確かめることが、視線の意味より先です。
未査読は注意書きだけではない
Research Square公式ページは、この原稿がプレプリントで、雑誌の査読を受けていないと明記しています。2026年9月1日時点の最新版はVersion 1です。
査読では、対象数、統計量、要旨と本文の整合などが指摘され、修正される可能性があります。公開後に版や掲載先が変わることもあるため、講座公開前に再確認が必要です。
未査読だから結果を無視するのでも、公開されているから確定知見とするのでもありません。設計とデータから学びつつ、信頼度を一段控えて扱います。
家庭で再現しない
この研究を確かめるために、家庭で磁石付きカップを作る必要はありません。小さな部品の誤飲、食べ物への過度な誘導、反復による負担などを評価した研究ではありません。
家庭で持ち帰れるのは実験手順ではなく、観察の考え方です。猫の行動について驚く結論を見たら、装置の見え方、動き、順番、成功の定義を確かめます。
この研究から残るもの
今回の21匹では、透明条件で装置を見る・触る割合と成功数が高く、不透明条件で飼い主を見る割合が高くなりました。解決可能性の主効果はありませんでした。
この結果は、猫の能力を単純に判定するより、実験装置が行動をどう作るかを教えてくれます。不一致を隠さずに読むことで、研究の価値と限界を同時に保てます。
今日からできること
- プレプリントを読むとき、版、査読状況、要旨・結果・図の一致を確認する
- 成立しない数値を推測で直さず、確定できないと明記する
まとめ会話
マロン学長「原著の不一致は、都合よく補わず、そのまま示すんだね。」
いち教授「うん。分からないものを分からないまま保つことも、丁寧な要約だよ。」
マロン学長「猫の賢さより先に、カップ、固定、順番、報酬の渡し方を見るようにする。」
次回予告
全5回はここまでです。第1回へ戻り、透明性で変わった行動、解決可能性では差がなかった行動、原稿から確定できない数字を三つに分けて振り返ってみてください。