117行動は『117の気持ち』ではない
家庭猫の117行動を12分類したエソグラムを、意味一覧ではなく観察語彙として読みます。

導入会話
マロン学長「猫の117行動って聞くと、ぼくの気持ちを117通りに読める一覧みたいだね。」
いち教授「そこは分けて考えよう。研究がそろえたのは気持ちの答えではなく、耳や尾、歩く、嗅ぐ、鳴くといった観察の言葉なんだ。」
この回でわかること
- エソグラムが何のための資料か
- 117行動と12分類の中身
- 行動名から感情や体調を決められない理由
なぜ今、家庭猫の行動目録なのか
論文の導入部には、カナダ、日本、ロシア、西欧の一部で猫が最も一般的な飼育動物になっていること、それでも人と猫の関係や猫の福祉・痛みには未解決の問いが残っていることが書かれています。動物の行動を研究するには、誰が見ても区別できる行動の定義が必要です。行動の流れを小さな単位に分ければ、記述し、測り、比べることができます。
ところが家庭猫には、広い範囲を図つきで扱う、ほぼ完全な行動目録がありませんでした。これまでの目録は、排泄、マーキング、社会行動といった個別の目的に合わせた部分的なものが中心でした。著者らはこの空白を埋めるために、既存の文献、家庭猫の観察、解剖学の資料を組み合わせた目録を提案しています。
エソグラムは行動の辞書
エソグラムは、動物が何をしたかを記録するための行動目録です。研究者ごとに「尾を振った」「尾先が動いた」「床へ打ちつけた」の呼び方が違えば、観察結果を比べにくくなります。そこで姿勢や動きを区切り、名称と定義をそろえます。
Kappelら(2024)は、家庭猫と自由生活猫170匹、計55.31時間の動画を観察しました。さらに既存文献、解剖学資料、専門家レビューを組み合わせ、117の行動を提案しました。
117という数は、117通りの感情や意味が証明された数ではありません。観察できる動きを記録可能な単位へ分けた数です。
12分類で広い生活場面を覆う
分類は、身体姿勢、一般的な移動、定位、食物獲得と消化、休息と睡眠、保護・防御、快適行動、社会行動、遊びと学習、生殖、母子相互作用、発声です。
耳や尾だけでなく、歩く、上る、眠る、毛づくろいする、人や猫へ近づく、物で遊ぶ、鳴くといった生活全体が含まれます。一覧には「嘔吐」「排尿」などもありますが、ここでの役割は目に見える出来事へ名前を付けることです。原因や診断を決める項目ではありません。
同じ動きが複数の分類に出る場合もあります。噛む動きは食物獲得でも防御でも現れ、フレーメンは定位と生殖の文脈に載ります。機能分類は排他的な箱ではありません。
名前を付けることと意味を決めること
たとえば「尾先が小さく動いた」と記録することはできます。しかし、その一場面だけで「不機嫌」「うれしい」「狩りたい」と確定はできません。何を見ていたか、体の向き、耳、直前の接触、その後に近づいたか離れたかで文脈が変わります。
論文の著者らは福祉評価への利用を期待しています。ただし本研究は、行動ごとの診断精度、正常と異常の回数、痛みやストレスの閾値を検証していません。期待と直接得られた成果を分けることが大切です。
今日からできること
- 「怒っている」ではなく、見えた耳・尾・姿勢を書く
- 動きの対象と、直前・直後の出来事を一緒に残す
- 一つの動作で気持ちや体調を決めない
まとめ会話
マロン学長「117個の答えじゃなくて、観察を同じ言葉にするための辞書なんだね。」
いち教授「そうだよ。名前を付けた後に、場面と流れを見ていこう。」
次回予告
170匹・55.31時間の動画を、どのような方法で行動カタログへ変えたのかを見ます。
参考文献
Kappel I, et al. (2024). Ethogram of the Domestic Cat. Pets, 1, 284–314. https://doi.org/10.3390/pets1030021