論文要約:暮らす場所は、猫の愛着行動の見え方をどう変える?
Kappel et al. (2025). Animals, 15, 3521

論文の概要
猫が飼い主をどう頼りにしているかを調べる方法として、子どもや犬の研究で使われてきた「見知らぬ場面テスト(Strange Situation Test)」があります。慣れない部屋で、慣れた人と離れたり再会したりする様子を観察するテストです。
ただし、このテストは猫と相性がよくありません。過去の研究では、慣れない実験室に置かれた猫の多くが食べ物にも人にも反応せず、テストの間ずっと隠れてしまう例が報告されています。緊張したまま測った行動を、その猫の普段の姿として読んでよいのかという問題が残ります。
Kappelら(2025)は、テストの方を猫に合わせて作り直しました。実験室ではなく、猫が普段暮らしているリビングやシェルターの部屋で行い、そこへ「慣れた人」と「知らない人」が出入りする形にしています。そのうえで、家庭で暮らす猫とシェルターで暮らす猫を比べました。
この論文は、猫の愛着を安定型・不安定型に分類するものではありません。場面ごとに行動がどれくらい変わるかを見た研究として読みます。
研究デザイン
ドイツのイェーナ周辺と、フェヒタ・オスナブリュック周辺で集められた82匹の猫と、その主な世話をする人のペアが対象です。内訳は家庭で暮らす猫が67匹、シェルターで暮らす猫が15匹でした。全頭が健康で、同じ環境に3か月以上暮らしていることが参加条件です。データ収集は2022年6月から2024年7月まで行われました。
テストは3分間×5場面で構成され、すべてビデオで記録されました。
- 慣れた人と猫
- 慣れた人・知らない人・猫
- 知らない人と猫(慣れた人は退室)
- 慣れた人・知らない人・猫(慣れた人が戻る)
- 慣れた人と猫(知らない人が退室)
記録した行動は7種類です。探索、遊び、ドアのそばで過ごす、じっとしている、体の接触は「長さ(秒)」で、人に近づく・避ける、鳴く・ゴロゴロなどは「回数」で数えました。訓練を受けた4人がビデオを採点し、判定のずれが5%を超える間は基準をすり合わせています。
主な発見
1. 慣れた人が居なくなると、ドアのそばで過ごす時間が増えた
知らない人と2匹きりになる第3場面では、最初の場面に比べてドアのそばで過ごす時間が約1.9倍になり、探索の時間は短くなりました。慣れた人が戻った第4場面では、ドアのそばの時間が約0.6倍に下がり、遊びの時間は約1.6倍になりました。
研究者は、探索や遊びは安心できる相手がいる状態でこそ出やすい行動だと述べています。慣れた人がいなくなると探索を控え、戻ってくると再び動き出すという流れが、暮らしている部屋の中でも見られたことになります。
2. シェルターの猫は、じっとしている時間が短かった
シェルターで暮らす猫は、家庭で暮らす猫より、じっとしている時間が平均で約39秒短くなりました。これが分析全体で最も強い差でした。探索の時間も長い傾向がありました。
研究者は、これを「シェルターの猫の方が元気」という意味には取っていません。家庭は刺激が多く変化に富むため、猫が休んで情報量を減らす時間を取りやすい。反対にシェルターは単調で刺激が少ないため、新しい出来事への反応が大きく出やすい、という読み方を示しています。
一方、遊びの時間はシェルターの猫の方が短めでしたが、統計的に確かな差とはいえませんでした。
3. シェルターの猫は、ゴロゴロの回数が多かった
ゴロゴロの回数は、シェルターの猫が家庭の猫の約3.3倍でした。1場面あたりの推定回数で、家庭が約1.7回、シェルターが約5.8回です。
ただし、ゴロゴロの意味は一つに決まっていません。心地よさの表れと読む研究もあれば、自分を落ち着かせるための行動と読む研究もあります。この論文でも両方の可能性が挙げられており、どちらかに断定されていません。
4. 屋外に出られない猫は、部屋での探索が長かった
屋外に出られない猫は、出られる猫より、部屋の中での探索が平均で約37秒長くなりました。研究者は、外に出る猫は探索や狩りの多くを屋外で行い、室内では休息や人との関わりに時間を使う一方、室内だけで暮らす猫は探索の場が家の中に限られるためだろうと述べています。
5. 鳴き方の違いは、環境より「その猫らしさ」で説明された
鳴く回数のばらつきは、約93%が猫ごとの個体差で説明されました。人に近づく・避ける、ゴロゴロについても、個体差が半分以上を占めています。よく鳴いて人を呼ぶ猫と、もともと静かな猫の差が、場面や環境の差より大きかったということです。
この研究で断定できないこと
- この研究は猫を安定型・不安定型に分類していません。飼い主との絆の強さを測ったものでもありません。
- シェルター群は15匹と少なく、年齢も家庭群より若めでした。年齢・性別・避妊去勢の状況・品種は統計モデルに入れられていません。
- 対象になったシェルターは、多くの猫が25平方メートルの屋外運動場を使える施設です。シェルター全般を代表する結果ではありません。
- 部屋の広さや配置は家ごとに違い、そろえていません。ストレスを減らすことを優先した設計上の限界です。
- 体の接触や人に近づく回数は、場面が進むほど減っていました。著者自身が、慣れや疲れによる順序の影響を限界として挙げ、今後は場面の順番を入れ替えて調べるべきだと述べています。
- 探索的な研究として、複数回の検定に対する補正は行われていません。個々の数値は目安として扱う必要があります。
数字で見るポイント
- 82組(家庭67・シェルター15): 対象となった猫と世話をする人のペア
- 3分×5場面: ビデオで記録したテストの構成
- 約1.9倍/約0.6倍: 知らない人と2人きりの場面/慣れた人が戻る場面での、ドア際で過ごす時間の変化
- 約39秒: シェルターの猫が家庭の猫よりじっとしている時間が短かった差(分析全体で最も強い効果)
- 約3.3倍: シェルターの猫のゴロゴロ回数(家庭の猫との比較)
- 約37秒: 屋外に出られない猫が、出られる猫より部屋での探索が長かった差
- 約93%: 鳴く回数のばらつきのうち、猫ごとの個体差で説明される割合
暮らしへのヒント
この研究から持ち帰れるのは、猫の反応を「その場所での反応」として見る視点です。同じ猫でも、刺激の多い家と単調な部屋では、休む時間も動く時間も変わります。よく動くから元気、じっとしているから元気がない、と単純には読めません。
室内だけで暮らす猫は、探索する場所が家の中しかありません。においや高さ、隠れ場所の変化を少しずつ用意することは、この研究の見方と矛盾しません。ただし、探索が増えれば福祉が上がると証明されたわけではないため、猫が使うかどうかを見ながら調整します。
また、鳴き方や人への近づき方は、環境よりその猫らしさで決まる部分が大きいという結果でした。あまり鳴かない、すぐ寄ってこない、という理由で「懐いていない」と考えなくてよい根拠になります。
体調の変化や、急に鳴き方・行動が変わった場合は、性格や環境の話として片づけず、獣医師へ相談してください。
よくある質問
Q. この研究はどこで発表されましたか?
2025年に国際誌 Animals で発表されました。Isabelle Kappelらによる論文で、DOIは10.3390/ani15243521です。
Q. 対象はどんな猫ですか?
ドイツの家庭67匹とシェルター15匹、合計82匹と、その主な世話をする人のペアです。全頭が健康で、同じ環境に3か月以上暮らしていることが条件でした。
Q. この研究の内容は日常の猫との暮らしに活かせますか?
猫の反応を「その場所での反応」として見る視点に活かせます。よく動くから元気、じっとしているから元気がないと単純に読まないための材料になります。ただし、家庭で同じテストを再現する目的には使えません。
Q. 論文の要旨と結果が食い違っている部分はありますか?
あります。要旨は「家庭の猫の方が探索や活動的な行動が多い」と述べていますが、結果本文・表・考察には方向が異なる箇所が複数あります(例:じっとしている時間は、結果・考察ではシェルターの猫の方が短いと明記されています)。この要約では、数値が一致する結果本文・表・考察を優先しています。
暮らす場所と猫の愛着行動——家庭とシェルターで見えた違い
猫の愛着を調べる「見知らぬ場面テスト」を、実験室ではなく猫が普段暮らす部屋へ持ち込んだ研究をもとに、離れる時と戻る時の行動、家庭とシェルターの違い、屋外に出られるかどうかの影響、そして環境より大きい個体差を全5回で整理します。