個体差があること=伝えるため、とは限らない
個体差の強さを機能と読まない慎重さと、研究の限界を扱う最終回です。

導入会話
マロン学長「ゴロゴロで自己紹介してる、ってことなのかな。」
いち教授「そう読みたくなるよね。でも、研究者はそこをはっきり否定しているんだ。」
マロン学長「えっ、個体差があるのに?」
いち教授「あることと、そのために使っていることは別なんだよ。」
この回でわかること
- 個体差の強さは、伝えるための仕組みとは限らない
- 体の作りの違いが、そのまま音に出ている可能性
- この研究の限界と、日常への持ち帰り方
体の作りが、そのまま音になる
猫ののどや声道の形は、1匹ずつ少しずつ違います。楽器の作りが違えば音色が変わるのと同じで、その違いはそのまま音に出ます。伝えようという意図がなくても、個体差は生まれるということです。
ゴロゴロは特に、その影響を受けやすいと考えられています。摘出した猫の喉頭へ空気を通す実験では、神経入力や能動的な筋収縮がなくても、ゴロゴロに近い周波数の音が生じました。生きている猫のゴロゴロ全体が神経の指令なしで出る、という意味ではありませんが、喉頭の形など体の作りが音に強く表れる可能性を示す結果です。
研究者は、こうも述べています。個体差があっても、それが合図の役に立つことを邪魔しないなら、わざわざなくす方向に進む理由もありません。ただ残っているだけ、という可能性です。
マロン学長「意味があるから残ってる、とは限らないんだ。」
いち教授「そこを分けて考えられるかどうかが、研究を読むときの分かれ道になるよ。」
近すぎて、声で名乗る必要がない
もうひとつの指摘があります。ゴロゴロは小さな音で、近くにいる相手にしか届きません。
その距離では、においや、触れている感覚、見えている姿の方が、はるかに確かな手がかりになります。相手が誰かを知るために、わざわざ音を使う必要がありません。
ただし研究者は、複数の手がかりが重なること自体には利点があるかもしれない、とも書き添えています。ほかの感覚が使いにくい状況では、音が助けになる可能性があるからです。
数字を大きく受け取りすぎないために
この研究の限界も確認しておきます。
- 人が耳で聞き分けられるかを調べた研究ではありません。統計モデルによる分類の結果です。
- ゴロゴロの個体差が、猫同士や猫と人のやりとりで実際に使われているかは確かめられていません。
- ニャーとゴロゴロは録音した場面が違います。ニャーは食事待ちや関心を求める場面、ゴロゴロは撫でている場面です。場面の違いも結果に混ざります。
- 野生ネコの録音は数が少なく、種による偏りがあります。
- 対象はドイツの27匹で、品種・性別・年齢の影響は検証されていません。
家に持ち帰れること
この講座から持ち帰れるのは、猫の声を読み解く技術ではありません。声の作られ方が種類によってずいぶん違う、という事実です。
そのうえで2つ。ひとつは、よその猫と鳴き方が違うというだけでは異常とはいえないこと。ただし、この研究は鳴き方と病気の関係を調べたものではありません。もうひとつは、ゴロゴロを「安心のサイン」と単純に読まないことです。この研究はゴロゴロの意味を調べたものではありませんが、体の作りが強く表れる可能性のある音だという指摘は、音そのものから気持ちを読むことの難しさを示しています。
今日からできること
- 「個体差がある」を「そのために使っている」と読み替えない
- ゴロゴロだけで気持ちを決めず、姿勢や居場所も合わせて見る
- 鳴き方や鳴く回数の変化が続くときは、意味を考える前に獣医師へ相談する
まとめ会話
マロン学長「あることと、そのためにあることは違う。むずかしいけど、大事だね。」
いち教授「研究を読むときに、いちばん役に立つ考え方のひとつだよ。」
マロン学長「でも、うちの猫のゴロゴロがうちの猫のものだって分かったのは、うれしいな。」
いち教授「それはいいね。意味づけは慎重に、でも猫を見る楽しさは持っていていいんだ。」
参考文献
- Russo D, Schild AB, Knörnschild M. Meows encode less individual information than purrs and show greater variability in domestic than in wild cats. Scientific Reports. 2025;15:43490. https://doi.org/10.1038/s41598-025-31536-7